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善き行いで人に不快を与えるのは

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人を観る自分の心の姿勢を、よくよく正すことを心がける

santawiz

 9. 善き行いで人に不快を与えるのは

 私たちは人に親切にしたつもりでいたのに、余計なおせっかいだと怒られたりすることがあります。

 怒られないまでも不愉快な思いをさせていることもあるでしょう。相手の度量の小さい性のこともあるのでしょうが、私たちの思いの至らなさが多くの原因でしょう。

 また、いたわりの言葉で相手を傷つけていることもあります。
 
 ある身障者のお子さんを毎日車椅子で学校へ送り迎えしているお母さんに、出会う人たちが「大変ですね」と声をかけるそうです。声をかける人はいたわりの心のつもりでしょうが、そのお母さんは、自分は大変とも思ってないのに、その言葉で子どもが「自分は母に大変な負担をかけているんだ」と思うようになるのがとても心配だと言われているのを耳にしたことがあります。

 私もまだ子どもが幼い頃、家族でちょっとした山へハイキングに行ったことがあるのですが、上から降りてきた白髪の女性に女房が「大丈夫ですか」と声をかけたところ「うるさいわね」と言い返されたことがありました。その時は腹が立ちましたが、その女性にすれば、もしかしてまだ若いのに、白髪で年寄り扱いされたので不快になったのかも知れませんし、あるいはベテランのハイカーなのに素人からいたわられて腹が立ったのかも知れません。



 こうした良き行いやいたわりの言葉で相手を傷つけたり、不快にさせたりするのは何故でしょうか。

seri1 それは私たちの心に深い思いが足りないからでしょう。どこかに親切にする側、される側、いたわる側、いたわられる側という差別意識があるかも知れません。

 自分の心の位置に問題があるのです。自分を相手より優位な側において、親切にしたりいたわりの言葉を使うことに問題があります

 ひょっとしたら相手をいたわることで、自分に優越感を感じていたりすることがあるやも知れません。

 人はあわれみや見下しを受けることを最も嫌います。差別を敏感に感じ取ります。人を観る自分の心の姿勢をよくよく正すことを心がける必要がありそうですね。
 

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公開日:
最終更新日:2014/04/14

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